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高瀬教授のサミット講義(中日新聞)

1限目 世界から「頂上」結集

 今年は伊勢志摩で「G7サミット」が開かれる。日本は元旦からこのG7という国際的枠組みの議長国になった。早速、G7サミットとは何かを解明していきたい。

 「サミット」という言葉は英語で山の頂上を意味し、リーダーが集まる「頂上会談」の比喩として使われる。G7以外にも、水害に遭った自治体の長が集まる「水害サミット」、ねぎ産地が集まる「ねぎサミット」など、いろいろな「サミット」が日本でも開かれているから、この言葉は意外にも身近だ。

 だが、山の比喩だからといって、世界を一座の山にたとえ、山頂の先進国が裾野の途上国を見下しているように思うのは間違いだ。それぞれの国の政界の頂上にいる人物が集まり、頂上同士で話し合うというのが「頂上会談」の正しい理解。参加国と同じ数の山々が連なっている、というイメージだろう。

  伊勢志摩に来るのはG7の首脳だけではない。途上国を代表する首脳が何人も招かれる。さらには国連の事務総長、すなわち、約二百カ国が名を連ねる「国連山」の頂上に立つ人物もサミットに参加する。

  もし、G7サミットを一座の山にたとえるとすれば、裾野に広がっているのはG7の枠組みで開かれる閣僚会合や専門家会合だ。二〇一六年は、広島市での外務大臣会合や、仙台市での財務大臣会合など、日本各地で十のG7大臣会合が開かれる。これらの閣僚会合での議論を踏まえ、伊勢志摩の首脳会合がある。裾野から頂上へ、議論が登っていく感じなのだ。

 「サミット=山頂」の比喩は誤解を招きやすいが、決して途上国を見下しているわけではない。今回はそのことだけでも、なにとぞご理解くださいますように。

2限目 価値観共有の主要国

 主要国首脳会議の「主要国」は、単なる「大国」ではない。今回は、それをメンバーの特徴から考えてみよう。

 「G7」の正式メンバーは、議長国になる順番で言えばフランス、米国、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダ。一九七五年の発足からしばらくは、いわゆる西側先進国の集まりとして「先進国首脳会議」と呼ばれた。

 一九九八年のサミットから、西側先進国とは異質なロシアを加えて「G8」となり、訳語も「主要国首脳会議」に変わった。超大国のソ連の崩壊による世界的な混乱を防ぐには、ロシアを取り込んでともに対処していくしかないと、「G7」のメンバーが判断したためだった。

 だが、ロシアは二〇一四年、ウクライナのクリミア半島を併合したことで「G8」から追放された。その年はロシア・ソチでサミットが開かれる予定だったが、他のメンバーは参加を拒否。ロシアを外した「G7サミット」を欧州連合(EU)本部のあるベルギー・ブリュッセルで開催して、ロシアを強く非難した。

 人口や武力、経済力などの観点でいくら「大国」だったとしても、自由や民主主義に対して配慮の薄い国、国際法のルールを平然と破るような国はメンバーにふさわしくない。ロシアを追放したのも、一党独裁の中国を正式メンバーに誘わないのも、そのためだ。

 「主要国」とは、世界平和や人権擁護なども含め、人類が希求すべき価値を実現させるために力を尽くす国を指す。そして「G7サミット」は、価値観を共有する「主要国」の集まりである。

3限目 主要国以外も会合に

 前回、日本で開催されたサミットは二〇〇八年の北海道・洞爺湖サミット。さて、参加した各国首脳は一体、何人いたと思いますか?

 当時はロシアを含めた「G8サミット」だから八人…と思いがちだが、正解はなんと二十二人。途上国などにメンバーを広げて開かれる「拡大会合」(アウトリーチ)が三つもあったからだ。

 一つは途上国首脳を招いた会合で、アルジェリア、エチオピア、ガーナ、ナイジェリア、セネガル、南アフリカ、タンザニアといったアフリカの七カ国が参加。次は「G8+5」の会合で、ブラジル、中国、インド、メキシコ、南アフリカのいわゆる新興国の五カ国がG8と議論した。

 最後は環境問題などを話し合う主要経済国会合で、先述の「G8+5」にオーストラリア、インドネシア、韓国を加えた。以上、足し算すると二十二カ国になる。

 もっと言えば、国連事務総長、世界銀行総裁、国際通貨基金(IMF)専務理事など、国際機関の長たち六人も拡大会合に出席している。これほどの数の要人が来るとなると、スイートルームを準備するだけでも大変だっただろう。

 「G8+5」や主要経済国会合はその後、両会合の参加国も名を連ねる「G20」の枠組みに吸収されていったが、途上国との拡大会合は「G7サミット」で毎年続いている。もし、伊勢志摩にやってくる首脳に敬意を表するために国旗を街中に掲げるとしたら、「G7」の七カ国のものだけで満足してはいけない。

4限目 経済危機対応で誕生

 「必要は発明の母」という言葉があるが、サミットで言えば「経済危機が母」となる。

 一九七三年の石油危機。産油国が自国資源の主権を訴える、いわゆる「資源ナショナリズム」と相対することになった米国、英国、ドイツ、日本、フランスの先進五カ国は、財務大臣の非公式会合を開いて対応策を話し合った。この会合に出席していたシュミット氏が後に独首相、ジスカールデスタン氏が仏大統領となり、彼らが「先進国による首脳会合」というアイデアを思いついたのが、サミットの始まりだ。

 ドイツの提案でイタリアの参加も決まり、七五年にフランスで開かれた第一回サミットは六カ国でスタート。米国での第二回からカナダが加わってG7となった。第三回からはオランダなど欧州先進国を代表する形で、当時のEC=現在の欧州連合(EU)=も参加するようになった。

 なお、G7サミットのほか、中国やロシア、ブラジルなども加えた「G20」もあるが、これをつくったのもG7だ。アジア通貨危機(九七年)やロシア通貨危機(九八年)を受け、国際金融システムの議論には新興国の参加が不可欠だとして、九九年のケルン・サミットのG7財務大臣会合でG20財務大臣会合の創設が決まった。G7と同様、G20の母も経済危機だったのだ。

 二〇〇八年のリーマン・ショック以降、G20は年一回の首脳会議も開くようになったが、議題は原則、経済のみ。参加国の価値観が違いすぎるため、G7のような政治の議論はできない。

5限目 理想と現実の折衷

 G7サミットは、理想と現実の「折衷」と言える。

 国際社会から紛争や対立はなくならないのだから、力のある国が秩序と安定をつくりだそうとするのは仕方ない。こうした考え方は学問の世界で「現実主義」と呼ぶ。反対に、世界中の国々で話し合って「みんなで決めよう」というのは「理想主義」となる。

 超大国の米国が世界を支配するような状況は望ましくないし、米国と中国だけで話し合って決める、というのも困る。だからと言って、小国から大国まで約二百カ国が加盟する国連も、実行力のある決定ができるのか疑問だ。それならば、いくつかの主要国が集まり、途上国の代表も招いて、世界の問題について話し合えばいい。それがサミットだ。

 さらに言えば、サミットは米国の覇権的支配と国連中心主義、両方の欠点をともに補う仕組みでもある。

 サミットが始まった一九七五年は、米国がベトナム戦争で疲弊し、その影響力に陰りが見えていたころ。サミットはほかの先進国が米国の影響力を支えながら、言うべき意見を言える場として機能してきた。

 そして、国連は創設から七十年が過ぎた今も、「大国」と呼ばれる安保理の常任理事国の顔触れを変えられない、硬直的な組織となった。だからこそ、本部もなければ国連憲章のような規定もなく、メンバーも自由に変えられる〝いいかげん〟なサミットが重要度を増し、四十年以上も続いてきたのである。

6限目 柔軟にメンバー変更

 中国やロシア、インド、ブラジルといった新興国が台頭する中、「G7サミットの存在意義はなくなった」と思う人もいるかもしれない。だが、サミットの売りは、その柔軟さ。メンバーは必要に応じて変えられる。

 新興国と呼ばれる国々は、必ずしも一枚岩ではない。中国とロシアが手を組んだとしても、インドやブラジルまで加わるとは限らない。むしろ、経済的なつながりから見れば、インドやブラジルは「G7」に入り、日米欧と仲良くしたほうがいいと考えるのではないか。

 さらに、インドやブラジルの国政は、政権交代のある民主主義で運営されている。この点でも、中ロよりも「G7」に近い価値観を持っている。国内の貧困対策が進み、他国を支援する経済的余裕が出てくれば、「主要国」入りしても全く不思議ではない。

 現行のG7サミットは主要七カ国だけでなく、欧州連合(EU)も正式メンバーになっている。EUのような「先進国が含まれる地域機構」を参加させるのが自然の成り行きだとすれば、シンガポールなどが加盟するASEAN(東南アジア諸国連合)は新メンバーの最有力候補だ。

 いずれにしても、経済力の強さに加え、自由や民主主義が政治の基礎となっていなければならないため、しばらくは「G7」のままだろう。だが、「G」の後の数字はきっと変わるし、変わりながら影響力を保っていくに違いない。

7限目 写真:並び順にも理由

 サミットでよく話題になるのが、首脳たちの記念撮影の並び順。なぜ、日本の首相はいつも端の方に立っているのか。

 「首脳」と呼ばれる国家の政治リーダーは、国家元首として国家を対外的に代表する「大統領」と、実際の政治の担い手である「首相」に分けられる。外交儀礼では、大統領は首相よりも格上として扱うことになっている。

 G7サミットでは、議長国の首脳を真ん中にして米国とフランスの大統領が両隣に立ち、残る首脳たちは在任期間の長い順に中央寄りに並ぶ。政権が毎年のように変わっていた時期、日本の首相は外側に立たざるを得なかったのだ。

 ただ、例外もある。一九八三年に米国で開かれたウィリアムズバーグ・サミット。当時の中曽根康弘首相はほかの首脳たちを抑え、議長のレーガン米大統領の隣に立った。

 レーガン大統領は、サミットを首脳同士のざっくばらんな議論の場にしようと、官僚による事前調整を制限するなどした。記念撮影にも自由な雰囲気が持ち込まれたのだろう。さらに、レーガン大統領と中曽根首相は「ロン・ヤス関係」と呼ばれるほど仲が良かった。こうした条件が重なり、中曽根首相の非礼はとがめられなかった。

 中曽根首相は「サミットでいつも日本の首相が隅に立つのでは税金を出している国民に申し訳ない。ですから、この時、私は真ん中に立ったのです」との趣旨を著書で述べている。本人にとっては幸運だったが、後の日本の首相たちは「なぜ外側に立つのか」と、いわれなき非難を受けることになったのである。

8限目 宿題の提出日

 各国の首脳にとって、サミットは「宿題の提出日」のようなものである。

 ある年のサミットで何らかの課題が示されると、その翌年のサミットは、各国が落としどころを見つける事実上の「締め切り」とされる。終了後から各国が意見を出し合い、事前の準備会合などで論点を整理した上で、次のサミットをめどに合意を目指す、という流れになっているのだ。

 例えば、地球温暖化対策のための温室効果ガスの排出削減の議論も、こうした流れで一歩ずつ前進してきた。排出量を「二〇五〇年までに世界全体で半減させる」との案について、〇七年のサミットでは「真剣に検討する」という程度だったが、〇八年の北海道・洞爺湖サミットでは当時のG8が半減に合意。〇九年のサミットではさらに踏み込み、「先進国は五〇年までに80%以上の削減をする」との具体的な目標が掲げられた。

 もし「宿題」を出さない、すなわち、サミットでの約束を守らなかったら、その首脳は他国から非難を浴び、発言力を失う。サミットの政策協調を失敗させたとして、責任も追及されかねない。国家の信頼とメンツに関わる問題だからこそ、首脳たちはサミットで決まった「宿題」を実行しようと努力する。

 各国の首脳に「宿題」をきちんと出すように促しながら、毎年の議論の積み重ねで世界に貢献する策をまとめていく。これこそが、サミットという政策決定の仕組みの利点なのである。

9限目 メガFTA 行方占う

 一泊二日のG7サミットの最初の議題は、慣例からすると世界経済だろう。注目すべきは、日米欧をつなぐ巨大自由貿易圏「メガ自由貿易協定(FTA)」に関する議論だ。

 メガFTAの誕生に不可欠なのが、環太平洋連携協定(TPP)、米国と欧州連合(EU)による環大西洋貿易投資協定(TTIP)、日本とEUの経済連携協定(EPA)の締結。G7はこれまで積極的な姿勢を示しており、昨年にドイツで開かれたエルマウ・サミットでは各国が早期の妥結で一致した。

 だが、メガFTAの要となる米国では今、秋の大統領選の各候補がこぞってTPPへの反対を訴える事態となっている。こうした中、伊勢志摩サミットでどのような表現が盛り込まれるかは、交渉の行方を占う材料となる。

 一方、政治の議論はどうなるか。広島でのG7外相会合を受け、伊勢志摩では核軍縮の重要性が再確認されるだろう。最近、テロの脅威が大きくクローズアップされているが、「核の脅威」は依然として存在し続けている。そのことを世界が再認識すれば、日本でサミットを開いた意義は十分にあったと言っていい。

 さらに、海を眺めながらの今回のサミットでは、海洋の秩序は重要なテーマになる。中国の海洋進出問題への対応も議論されるだろう。エルマウ・サミットでは既に、この問題を念頭に「現状の変更を試みるいかなる一方的行動にも強く反対する」との文言が首脳宣言に盛り込まれた。日本で開催されるサミットで、アジアの政治的安定について各国首脳がどれほど強い姿勢を示すのか。伊勢志摩の大きな焦点となる。

10限目 途上国の命を救う

 サミットの歴史の中で、日本はどのような役割を果たしてきたのか。特筆すべき実績に、途上国の人々の命を救うための保健衛生分野への貢献がある。

 二〇〇〇年の九州・沖縄サミットで議長国を務めた日本は、エイズや結核、マラリアといった感染症への対策をサミット史上初めて主要テーマの一つとして取り上げ、数値目標を含めた具体的な支援策が表明された。これを契機に、感染症対策への機運が国際社会で高まり、〇八年の北海道・洞爺湖サミットでは、途上国の保健従事者の育成などを盛り込んだ「洞爺湖行動指針」を採択。マラリア蚊から身を守る蚊帳一億張の提供も約束された。

 昨年にドイツで開かれたエルマウ・サミットも、アフリカで猛威を振るっていたエボラ出血熱などへの対応方針を確認し、関係機関へのさらなる資金、人材の提供を打ち出した。再び日本が議長国となった伊勢志摩サミットも、保健衛生を主要テーマの一つに掲げる。さらなる一歩が刻まれることに期待したい。

 このほか、日本の貢献が期待できる分野に「女性の活躍促進」がある。前回のエルマウ・サミットでは、女性の起業を促すための教育や、仕事と家庭の両立支援などをうたう「女性の起業家精神に関するG7原則」が採択され、伊勢志摩サミットでも引き続き議論されることになった。「女性の活躍促進」を政権発足時から掲げてきた安倍晋三首相が議長である以上、確実に前進が図られるだろう。

 国際社会問題へのサミットの貢献はわずかな前進の積み重ねで、ともすれば「地味」に映るかもしれない。だが、たとえ一歩ずつであっても、長期にわたれば必ず成果が表れる。華やかで分かりやすい成果ばかりを期待しては、サミットの意義を見失ってしまう。

 最後に。サミットで発表される国際社会問題への対応指針には、時に開催地の地名が付けられる。人類全体の幸福に貢献する「Ise―Shima」の名を冠した国際公約が、伊勢志摩サミットで生まれることを願っている。